カレー皿を何とかしてくれ | うつだってブログ

カレー皿を何とかしてくれ

物にこだわる「何とかしてくれ」シリーズ,今日は「カレー皿」でひねってみよう。

皆さんは,カレーライスを食べるときに何か困ったことはありませんか。
僕は前々から一つ,どうしても何とかして欲しいと思っていることがあるのだ。

店によって違うだろうが,カレーライスを頼むと,大体は比較的浅い「皿」に盛られて出てくるだろう。
最初のうちはまだいい。人それぞれの食べ方がある。
カレーを利き手側において、ライス側にかけて食べる人もいる。
僕は,ご飯を利き手側において,ご飯をカレーのほうに寄せて行きながら,1口分ずつスプーンで混ぜて食する。こうして食べると,食べながらにして皿がライスにぬぐわれて行くので,食べ終わったときの皿が非常にきれいになるのだ。以前知り合いがこうやって食べているのを見て,あまりにきれいに食べられたカレーの皿にカルチャーショックをうけて以来,僕はこうして食べている。

それはさておき,問題は「皿」だ。
カレーライスを殆ど食べ終えて,残り米粒が2,3粒になったとき,平らな皿とスプーンではなかなか米粒がすくえずに困ったことはないだろうか?。米粒を追って皿の上を右に左に行ったり来たり。米粒はスプーンのふちに押されて右往左往するが,なかなかスプーンに乗ってくれない。

かといって,たかが2,3粒であろうと,米粒を残すのは心情的に許せないのだ。仮にもお百姓さんが1年間丹精込めて作った米である。1粒たりとも残すものではないと小さいころから祖母に叩き込まれている。

いい加減頭にくるとやることは2つ。皿を口まで持って行き,最後の米粒をスプーンでかきこむか,誰も見ていないのを確認して,そっと左手を出し,米粒を抑えてスプーンに載せる。カレーのついた左手は何気ない顔をしてしれっとティッシュで拭く。
しかしどちらも自分としてマナー的に納得が行くやり方ではない。
人に見られている状態でやるのはためらわれる。

もっと最悪なのが、チャーハンだ。平皿に丸く盛られて、レンゲが添えられて出てくるが、あのふちの分厚いレンゲで残り2,3粒になったチャーハンの米粒や、皿に張り付いたハムの切れ端をすくって取るのは容易ではない。

チャーハンは、まぁ、箸を使って片付けることが出来ることが多いが、カレー屋には箸など置いていないこともある。
たとえばどうだろう、上司と一緒に昼飯にカレーを食べているようなときに2,3粒の米粒が残ってしまったらあなたならどうするだろう?。マナーには厳しそうな上司だ。食べ物を残すことにも厳しそうだ。ちょっとばかり困った状況になる。

手首のスナップを利かせて、慣性力を利用してスプーンを米粒の下に滑り込ませるテクニックを磨くのもよいだろう。
しかし、考えるとそもそもカレーは平皿とスプーンで食べるのには向いていないのではないか。インドではカレーは手で食べるのだ。日本に入ってきたときに、何を間違ったか高級な洋食として扱われてしまったために、フランス料理のように皿で出されるようになってしまったのではないか。

皿で出す事にこだわるからいけないのだ。

ではどうするか。
私は家でカレーを食べるときには皿ではなく、深めのスープボウルに近い器で食べている。これは縁が立ち上がっているので米粒を縁に寄せると自然とスプーンの上に載ってくれる。これが正しい姿だ。
料理屋ではそうはいかないだろうか?
見た目がいまいちという気もする。目から入る印象も料理には大切な要素だ。
しかし、皿に一工夫することは出来るはずだ。
ティーカップソーサーのように、中に段がついているのはどうだ。それだけでもずいぶん違うはずだ。
もっといえば、左端はスープボウルのように縁が垂直で、そこから滑らかに縁が開いてゆき、右端では皿のように水平になっていたらどうだ。
水滴のような、あるいは木の葉のような形にしてやると、見た目にも美しいデザインに仕上がるかもしれない。

まさに、「用」を考えたデザインだ。
誰にでも使いやすい「ユニバーサルデザイン」にふさわしいものが出来るはずだ。(うまく重ねられるように作れれば完璧だ)

誰かこんな素敵なカレー皿をデザインしてくれないだろうか。
大ヒット間違いなしだ☆(ほんとうか???)


こんな風に、街中のほんのちょっとした光景の中にも、ちょっとした工夫を凝らすと素敵になる、そんなものはたくさんある。そこがビジネスチャンスだ☆
僕はこれをひとつの知的な遊びとして、これから色々考えてゆきたいと思う。

皆さんも、「ほんのちょっと気に食わないもの」があったらコメント、トラックバックで教えて下さい。
下らないことにアイデアを出し合って遊んでみましょう。